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「臭い木」と書いて、クサギと読む名前の植物は美しい青い実を付ける。

誰が名付けたか、臭木の花の匂いはユリのような匂いで自分のありかを我々に教えてくれた。


うちの裏には森がある。

窓を開けておくと、新鮮な空気と、緑の香りと、鳥の声とか、バッタやカメムシ、モリチャバネゴキブリやアシダカグモという闖入者もいるけれど、考えてみれば、どうもこっちが闖入者という気もしてくる、そんな場所にあるアパートである。


ある時期から窓からユリのような香りが入って来るのが気になりはじめ、どこからその匂いが来るのか探すことにした。

玄関から廊下に出て、探す間もなく、原因は判明した。

うちは3階なのだが、廊下の柵から身を乗り出せば手の届きそうなところに、その植物はあった。

そういえば、アシナガバチやクロアゲハが良く来ていたが、そこにはたくさんの小さな白い花をつけた木があり、部屋の中まで匂いを届けていたのだった。


「白い花 森」

「小さい白い花 いい匂い 緑地」

だったか、

植物の名前を検索して調べるのは結構楽しい。

やがてそれが、

「臭木」

だとわかったが、なぜこんな名前をつけられたのか。別に臭いと思わないけど。

さらにその木の実が染物に使えるとわかると、

「きっと染物業者が独り占めするためにこんな名前にしたのだ…」

といらぬ勘ぐりまですることになり、何か大変な秘密を知ってしまったような気分になった。

さらに葉っぱは天ぷら等にして食べれるらしい。

「さては天ぷら屋の陰謀では…」

とは思わなかった。


臭木の身が染物に出来ると分かると、

「やってみたい…」

と思うのが我が家の性分である。


臭木の実で染物をするには、布の三倍の重量の染料が必要になる。

染物に使えそうなのは実の色が綺麗なターコイズの時期が良さそうだった。

それには適切な時期の見極めと、刈り取るタイミングが大切になる。


しかし、いくつかの障害があった。


手に届く位置にある実だけでは染物にするにはとても足りない。

そして思わぬライバルの出現だ。


ヒヨドリは臭木の実を好み、頻繁にやってくる。

我々の臭木の実も例外ではなく狙われ、食べられていた。


ヒヨドリに食べられる前に、実の収穫をしなければならない。

そこで収穫まで間、実の状態を見張るようになった。


見張りでわかったことがある。


臭木は一株にたくさんの花をつけ、それぞれの花が実をつけるが、青く熟すタイミングはそれぞれ違う。

おそらくそれは花同士の生存競争もあるし、熟す時期をずらして何かアクシデントによる全滅リスクを分散する意味があるのではないか。それは種の繁栄への知恵のようなものなのだろう。


感心しながらも高枝切りバサミを購入した。

染めるための手拭いも準備した。


なるべく多くの実が取れそうな日を選び、収穫を開始した。

手の届くところは、手で。

高いところは、高枝切りハサミで。

少しずつ数日ごとに実を集めた。


取れた実は集めてみれば綺麗なターコイズのグラデーション。

洗って大切に冷凍庫に保存した。


ある日、収穫作業の途中でアパートの住人に声をかけられた。


「何してるの?」

「実を染物にしようと思ってまして」

「それ臭いから全部切っちゃってよ」

やっぱり臭いのか…。


手拭い3枚程度を染められそうな量が集まるまで数日かかった。

ヒヨドリの分の実もまだ残っているし、収穫量はこれで良いとしよう。


調べたところ臭木染めの方法は「湯がいて、漬け込めば良い」

とのことだった。

集めた実を鍋で煮る。

青い色が出てきた。

これを1番絞りという。ビールみたいだ。

これをザルに開けて、もう一度煮る。

青い色が出てきた。

これを2番絞りといい、今度は

1番絞りと2番絞りを合わせて、

そこに染めたい手拭いを浸して煮ること20分。

最後に綺麗な水で洗って、陰干しする。

白かった手拭いは薄く透き通る青に染まっていた。

「やはり染物業者が独り占めするためにこんな名前にしたのだ…」

と確信したが、口には出さず、かわりに

「こんな綺麗な青は、今まで見たことがないね」

とつぶやいたのだった。

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